従来のマーケットメイキング大手から予測市場の中心的なマーケットメイカーへと転身したSIGの、暗号資産分野における先進的な戦略。

億万長者Jeff Yassは1987年にSusquehanna International Group（SIG）を創業し、ポーカーや競馬で培った経験をもとに、独自資本によるトレーディングで同社を一から築き上げました。現在、SIGは米国最大級の上場株式オプション・マーケットメイカーとして、世界50以上の市場で株式およびデリバティブの流動性を提供しています。

SIGは国内でも高い知名度を誇り、特にSIG Asia Investmentsが2012年のByteDanceエンジェルラウンドに参画し、現在も主要株主であることが広く知られています。

SIGは投資・トレーディングの両面で常に先見性を持ち、過去10年で段階的に暗号資産分野へ進出。Bitcoin現物・デリバティブ市場への参入後、子会社を通じて規制準拠の取引所でマーケットメイクを展開しています。また、SIG DTやSIG Venture Capitalなどのプラットフォームを通じ、パブリックブロックチェーンインフラ、DeFiプロトコル、デジタルアイデンティティ分野への体系的な投資も実施。直近2年間は予測市場にも進出し、主要プレーヤーとして存在感を示しています。

デリバティブの強豪から暗号資産市場の中核へ

SIGは2014年にはすでにBitcoin関連取引を追跡しており、初期のBitcoin ETF提案に関するマーケットメイク議論にも参加していました。

2016年に暗号資産トレーディング専任チームを編成。2018年には約12名体制となり、Bitcoinや他のデジタル資産で数百万ドル規模のOTCプロトコルトレードを実施。同年、デジタル資産部門責任者Bart Smithは、暗号資産トレーディング部門の設立を公表し、Bitcoinを「デジタルゴールド」と表現。暗号資産とブロックチェーン技術が今後も存続し、金融サービスを根本から変革すると予測し、SIGの継続的なコミットメントを示しました。

SIGの暗号資産戦略は従来市場と同様で、まずOTCや取引所環境で独自資本による戦略・インフラのテストを行い、徐々に透明性と規制準拠の取引所流動性提供へ拡大しています。

中央集権型デジタル資産取引では、SIGのマーケットメイクおよび流動性パートナーシップは、明確な規制枠組みを持つ機関投資家向けプラットフォームに集中しています。

2022年、TP ICAPはSIGのデジタル資産子会社Susquehanna Digital Assetsが、Flow Traders、Jane Street、Virtu FinancialとともにDigital Assets Spotプラットフォームへ流動性提供者・マーケットメイカーとして参画したと発表。これにより、BitcoinとEthereum現物取引に対する電子OTCクォートと執行を共同で提供しています。

SIGは他にも多数の規制下デジタル資産・デリバティブ取引所で流動性を供給していますが、詳細は非公開が多いです。

暗号資産事業強化のため、SIGはバハマ拠点のデジタル資産取引会社Susquehanna Cryptoを設立。バハマ証券委員会にデジタル資産事業として登録され、現物やデリバティブ（先物・オプション・永久契約など）を独自資本でグローバルに取引し、自動化トレーディングアルゴリズムを積極活用しています。

舞台裏から表舞台へ：予測市場の新潮流

流動性供給やマーケットメイクに加え、SIGは近年、予測市場と呼ばれる新興の規制準拠型トレーディングプラットフォームにも注力しています。これらプラットフォームでは、ユーザーが現実世界のイベント（選挙や経済指標など）の結果に基づく契約を売買し、結果を「予測」することが可能です。こうした取引はイベントデリバティブとして分類され、従来の先物やオプションに類似しますが、政治やスポーツなど非伝統的なテーマも含まれます。

従来、規制障壁によって予測市場はグレーゾーンや小規模な学術プラットフォームに限定されていましたが、最近米国の規制環境が緩和され、コンプライアンスが可能となり、機関投資家の関心を集めています。SIGは予測市場の急成長初期段階で、いち早く舞台裏プレーヤーとしてポジションを確立しました。

2024年4月、SIG子会社Susquehanna Government Products, LLLPは、米国初の規制予測市場取引所Kalshiの最初の指定マーケットメイカーとなりました。KalshiはCFTC認可を受けており、経済データ、天候、選挙などの結果を取引できます。SIGはKalshi専用のトレーディング部門を設置し、連続的な両建てクォートと深い流動性を提供しています。

Kalshi共同創業者Tarek Mansourは、「SIGが最初の機関マーケットメイカーとして参入したことですべてが変わった」と述べ、予測市場に前例のない流動性をもたらしたと評価しました。このパートナーシップにより、イベント契約取引の慢性的な流動性不足が解消され、2024年のKalshiの急成長につながりました。2025年12月時点で、Kalshiの最新資金調達ラウンド評価額は110億ドルに達しています。

2025年11月、SIGは予測市場へのコミットメントをさらに強化し、米国証券大手Robinhoodと共同で、規制暗号資産デリバティブ取引所LedgerXの最大90％取得を発表しました。LedgerXはCFTC認可のデジタル通貨先物・オプションプラットフォームで、以前は破綻したFTX取引所の資産でした。Miami International Holdings（MIAX）は2023年初頭にLedgerXを5,000万ドルで買収しています。

RobinhoodとSIGによるLedgerX共同買収は、両社にとって予測市場・デリバティブ分野の大きな節目です。Robinhoodは取引完了後、SIGと合弁事業を設立し、先物・デリバティブの取引所と清算を統合したプラットフォームを立ち上げる予定です。LedgerXの既存ライセンスと技術を活用し、新プラットフォームは2026年にローンチ予定で、規制準拠のイベント先物やその他デリバティブ取引サービスを提供します。

SIGの暗号資産投資戦略

直接取引やプラットフォーム運営だけでなく、SIGと関連投資事業体はベンチャー投資や買収を通じて暗号業界に深く参入しています。SIGはByteDance初期投資家としても知られ、控えめで実務的な姿勢を貫き、起業家的視点で長期保有を志向しています。ポートフォリオはトレーディング・リスク管理インフラ、取引プラットフォーム、データサービスなど多岐にわたります。

1. デリバティブおよびインフラ

Pyth Network：2021年8月、SIGのデジタル資産投資部門SIG DT InvestmentsはPyth Networkに参画し、Bitcoinなど暗号資産のリアルタイム価格データを提供しました。公式発表によれば、SIGはPyth Network拡大に伴い、今後もマーケットメイク価格の提供を継続し、DeFiにおける高頻度・低遅延デリバティブアプリケーションを支援します。

Hxro Network（Solanaデリバティブプロトコル）：2021年、Solana上に構築されたデリバティブ流動性ネットワークHxroは、戦略的資金調達で3,400万ドルを調達しました。

Kadena（パブリックブロックチェーンインフラ）：2018年、ハイブリッドコンセンサス型パブリックブロックチェーンKadenaは、SIGやMulticoin Capitalなどが参加した1,200万ドルのシリーズB SAFTラウンドを完了し、高スループットなエンタープライズ向けブロックチェーンとスマートコントラクトプラットフォームの拡張を目指しました。

Infinity Exchange：2023年2月、ロンドン拠点Infinity ExchangeはSIG DTおよびGSR Markets主導のシードラウンドで420万ドルを調達し、伝統的な金利スワップロジックを組み込んだ分散型固定金利・デリバティブ市場の構築を目指しています。

SynFutures：2023年10月、分散型デリバティブDEX SynFuturesはSIG DT Investments、Pantera Capital、HashKey Capitalなどが参画するシリーズBラウンドで2,200万ドルを調達し、マルチチェーン型永久契約・先物市場の拡大を進めています。

これらの投資は、SIGが「価格発見、金利価格付け、リスク管理インフラ」に注力していることを示しています。

2. アイデンティティおよび認証

Accredify（ブロックチェーンベースの検証可能な認証）：2023年、シンガポール拠点AccredifyはiGlobe PartnersとSIG Venture Capital主導のシリーズAラウンドで700万ドルを調達し、教育・医療・企業登録向けのオンチェーン認証サービス拡大を目指しています。この投資は、従来金融分野のKYC、コンプライアンス文書、偽造防止要件と密接に関連し、SIGが「データ信頼性とアイデンティティ管理」に注力していることを示しています。

3. データおよびリサーチ

TokenInsight（暗号資産格付け・データ）：2018年、リサーチ・格付け機関TokenInsightはMatrix Partners主導の数百万ドル規模のシリーズAラウンドでSIG Capitalが初期投資家・取締役として参画しました。TokenInsightはトークン格付け、指数、リサーチデータを取引所や機関向けに提供し、業界の「中立的情報インフラ」として機能しています。SIGのデータ・リサーチ重視を反映しています。

4. プライバシーおよびアイデンティティプロトコル

zkPass（プライバシー保護型アイデンティティ・証明プロトコル）：2023年8月、zkPassはBinance Labs、Sequoia China、OKX Ventures、SIG DT Investmentsなどが出資するシードラウンドで250万ドルを調達し、プレリリーステストネットの開発資金に充てました。zkPassはゼロ知識証明とマルチパーティセキュア計算を組み合わせ、ユーザーが元書類を開示せずにクレジットスコアや学歴など特定属性をアプリケーションに証明できる技術です。この技術は、規制準拠DeFi、オンチェーンアイデンティティ、信用市場への応用が期待されています。

5. トレーディングプラットフォームおよび資産運用

KuCoin（暗号資産取引所）：2022年、KuCoinはJump Crypto、Circle Ventures、IDG、SIGなどが参加した1億5,000万ドルのプレシリーズBラウンドを実施し、評価額は100億ドルに達しました。

TigerWit（FX/CFDプラットフォーム）：SIGは以前、ブロックチェーン技術を活用したFX・CFDプラットフォームTigerWitに約500万ドルを投資し、分散型台帳のトレード・決済への導入を支援しました。これは「伝統的デリバティブプラットフォームのブロックチェーン統合」の好例です。

Blofin（デジタル資産運用）：2022年、デジタル資産金融サービスプロバイダーBlofinはKuCoin主導、SIG、Matrix Partnersなどが参加するシリーズBラウンドで5,000万ドルを調達し、クオンツトレーディングとコンプライアンス強化を進めています。

これらの投資は、SIGの伝統的金融戦略――ブローカー・取引プラットフォーム、資産運用、インフラの組み合わせ――が株式やオプションから暗号資産やオンチェーンデリバティブへと拡張されていることを示しています。

SIGの最近の公開情報を見ると、暗号資産戦略には一貫したテーマがみられます。独自資本によるトレーディングとマーケットメイクを中核に据え、DeFiではインフラ・データ重視でトレンド追従はせず、規制・地域選択には慎重な姿勢を貫いています。SIGの暗号資産分野での進出は「伝統的デリバティブマーケットメイカー」が新資産クラスへ拡大する動きに似ており、宣伝に頼らず、流動性・価格付け・リスク管理インフラを重視して新興市場で機会を追求しています。

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